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大阪高等裁判所 平成3年(う)23号 判決

本籍

大阪市生野区小路東二丁目一番地

住居

同 市浪速区日本橋東一丁目一番一七号

会社役員

下村昌弘

昭和一四年九月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成二年一一月二九日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

検察官 重富保男 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人臼田和雄作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は量刑不当を主張し、本件犯行の動機、態様、被告人の反省状況、犯行後の納税状況等を考慮すると、被告人を懲役一年及び罰金一六〇〇万円に処し、懲役刑について三年間の執行を猶予した原判決の量刑は、ことにその罰金額の点において不当に重すぎるというのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、本件は、日用雑貨品のいわゆるディスカウントショップを経営している被告人が昭和五九年ないし同六一年の三年間に所得税合計六七九二万円余をほ脱したという事案であるが、そのほ脱税額は少ないとはいえず、そのほ脱率は、約九九パーセントに及ぶこと、その手段は、現金収入の一部を簿外として申告から除外したり、従業員らの名義を利用して分散申告するという方法を主体とするもので必ずしも悪質でないとはいえないこと等の各事実を考慮すれば、犯情は軽視できず、所論も指摘するように、本件ほ脱の手段方法については、税金に詳しいという中学時代の同級生の教示があったこと、長年妻子と別居しているため老後の資金を蓄積したかったとか零細企業であるため不況に備えたかったとの動機はそれなりに理解できないわけではないこと、すでに本税のほか重加算税等合計約一億三四〇〇万円余を納付したほか、残額約一二〇〇万円についても分割納入を続け、平成三年一〇月ころに完済見込みであること、被告人が十分反省し、事業経営の法人化をはかるとともに公認会計士に経理の監査を依頼し再犯のない態勢を整備したこと、その他被告人の健康状態等の被告人のために酌むべき諸情状を十分斟酌しても、原判決の前記量刑は、その罰金額の点を含め重きに失するとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき同法一八一条一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 米田俊昭 裁判官 安原浩)

○控訴趣意書

被告人 下村昌弘

右被告人に対する所得税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記のとおりである。

平成三年二月二五日

右弁護人

弁護士 臼田和雄

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

原判決は量刑不当の事由がある。

一、被告人の本件犯行の動機は同情に値いするものである。

被告人はその子らと別居しており、老後を子らに託すことができない実情にある。そのため、どうしても蓄財しなけらばならない、との思い入れがあって、そのためかかる犯行に及んだものである(被告人の供述調書-記録七分冊目の二〇)。このことに加えて、被告人の事業であるディスカウントショップは不況であるので(被告人の原審公判廷における供述-調書一一丁裏以下)将来に備えるべく本件犯行におよんだものである。

二、被告人の本件犯行は、被告人の税制に対する無知と谷川の協力なしにはあり得なかったものである。

被告人は税の申告をおこなっていなかったから、申告したいと考え、谷川に相談した(記録二〇二八丁、一八五四丁)。そのこと自体推償すべき行為であった。そこで、相談をうけた谷川は、被告人の所得税申告をすべて引きうけ、脱税はすべて谷川の発想と主導のもとにおこなわれたのであった(記録二〇二八丁、二二二七丁、一八五四丁以下)。谷川は被告人の納税を少額にしたいとの暗黙の意をうけて、これを計ったものということができるが、谷川のかかる指導と実行がなければかかる犯行はなかったものである。

三、原判決は不問に付された谷川と被告人との均衡を欠く懲罰である。

前記したとおり、本件犯罪は被告人と谷川との実質的な共同正犯と考えられる。なるほど税を免れることによって、利益を得たのは被告人である。しかし、その一時的で仮のものであった利益はとりあげられたばかりか、更に付加税という確実な不利益を課されたのである。

被告人は、更に執行猶予付であるとはいえ懲役刑を言い渡されているのであって、共犯というべき谷川との間でみる限り、國による対応がきわめて不平等であるとの感がある。

四、本件犯行による國家財政に対する実害はなかった。

原審弁護人の意見のとおり、一面ではあるが実害がなかったということができる。

五、本件犯行の初めは偶発的なものであった。

本件犯行は初めは、被告人が谷川に相談し、同人の示唆により実行されるようになったものである。

六、被告人の改悛の情は明らかである。

被告人は再び誤ちをくり返さぬよう相当なる処置をおこなっている。(原審第二回公判廷における供述-調書一一丁。田中章公の証言)

七、被告人に再犯の可能性はない。

被告人の前科には本件犯罪と同種のものはなかったこと、被告人自身が公認会計士指導のもとに再犯防止の措置をおこなっていることにより、再犯の可能性がないことは原審弁護人と同意見である。

八、被告人は原判決ほどの罰金刑を課すほどもなく、すでに充分に罰されている。

原審の証拠調書終結時において、被告人は修正申告をおこない、金一六二〇万一六〇〇円を残すのみで大半を納税している(記録二二三四丁以下)。被告人はその後は完納していることが推察される。自己の経済生活面に異常ともみえる関心を有している被告人には多額の付加税は他の者にも増しての苦痛であったはずである。原判決は、そのうえ更に懲役刑を言渡しているので、被告人はこれだけで充分な懲罰をうけているものと考える。

以上のとおりであって、原判決が懲役刑と罰金刑を併科することとし、しかも罰金を金一六〇〇万円という多額に量刑したことは不当な量刑であり刑事訴訟法第三八一条所定の事由があるものと思料し控訴の趣意とする次第である。

以上

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